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【その3 ピアノとわたし】
ピアノの音に恋したものの、「ピアノの音楽」というのは、音楽のジャンルとして括るには、あまりに大きすぎて捕らえ所のないものです。
自分が好きになったアーティストの作品を手がかりに足下を照らし、それに関連する作品を見つけ、点と点を線で結ぶ。
ロールプレイングゲームの様に人から情報を得て、また次の場所に向かう。
暗闇の中を一歩一歩手探りで歩いている感じですが、ちっとも寂しくなんかありません。
だって恋しちゃってますから。
今回は、広大な音楽の中から、音を通して僕と縁のあったアーティストを何人か紹介したいと思います。
■キース・ジャレット
「ケルンコンサート」や「ウィーンコンサート」などの完全即興演奏も凄いですし、「スタンダーズライブ」のような、トリオによる演奏も変幻自在で素晴らしいです。
一方でクラシックの演奏も沢山残しており、バッハやショスターコヴィチといった作曲家の演奏では、奇をてらわず、神々しいまでに美しい響きを聴かせてくれます。
「The Melody At Night With You」というアルバムは、ソロピアノで、スタンダードをあまりジャズ寄りではなく、美しく演奏していて、リラックスして静かに耳を傾けたい夜に最高です。
「Facing You」というアルバムはデビュー盤なのですが、なんというか、言葉に形容し難い、正に生命の誕生の瞬間のような音楽です。
キースジャレットの音楽は、根底にファンクの要素と言うか、人間の紡ぎだすタフで暖かいグルーブみたいなものが感じられ、それが聴いているものに、生命感、躍動感を与え、さらには切なさみたいなものを感じさせるのではないかと思います。
■デューク・エリントン
ビッグバンドで有名な方ですが、ピアノも実に素晴らしいです。いわゆるハードバップのフレーズをバリバリ弾くのではなくて、作曲家、アレンジャーらしく、音楽を大きく、粋にとらえた演奏をしている気がします。
「Piano Reflection」というアルバムは、ピアノのメロディーが楽しく、バラードは甘いと言うよりは、エキゾチックで妖艶な感じで、一曲一曲がアトラクションを見ている様にキャラがはっきりしています。
「Money Jungle」というアルバムは、チャーリー・ミンガス、マックス・ローチという当時の若手最高峰のジャズミュージシャンを従え、無邪気に遊ぶ様に、時にはパンクの様に大胆な演奏をしています。
デューク・エリントンは、西洋の音楽と黒人のビッグバンドを見事に融合して昇華させた方だと思いますが、聴いていると、何故か東洋的な響きを感じる事が多く、スカパラでも演奏している「キャラバン」なども中近東テイストですし、何か人間のグッとくるツボ、みたいな、明るい中にも少し陰の部分、妖しい部分があり、そういう所にも魅力を感じるのだと思います。
■セロニアス・モンク
この人は、アバンギャルドで難解なイメージがあったのですが、今の耳で聞くと、まったく正反対で、非常に楽曲が美しく、よけいな音がなく、ポップなアーティストなのでした。
ピアノプレイに関しては、デューク・エリントン自身が言っている様に、エリントンととても近いものがあります。
古き良き、ブンチャ、ブンチャのストライドピアノがボトムにあるのですね。
愛らしく、やはりどこかに陰りがあり、けれど中心のグルーブはしなやかで、エネルギーに満ちています。
いつ聴いても良いです。いつ聴いても癒されます。
■グレン・グールド
クラシック界の中でも異端と見る向きもあるのかもしれませんが、彼の弾くバッハの映像を見た時は本当に衝撃的でした。
なんというか、この世のものとは思われない美しさ(風貌も)で、何よりとてもピュアに音楽に接している様に感じました。
キャリアの途中からコンサートをいっさい拒否して、レコーディングに専念したり、発言が結構青くさい、ニヒルな所があったりするのですが、内面は、とても芯が強く純情な人なのでは、と思います。
カナダ人ということで、ヨーロッパからの距離感、アメリカからの距離感があって、少し閉ざされた環境で紡ぎだされる音楽は、インターネット社会の現代を生きている人達のリアリティーと、とても良く呼応している気がします。
とにかく音の一つ一つが信じられないくらい粒立ちが良く、超高速にドライブしてゆき、録音にも非常にこだわっていた事もあり、ヘッドホンで聴いていると、ちょっとテクノをきいているかのようにハイになる瞬間があります。
しかし、テクノというものが、基本、機械でループされているために、何度も聴いていると、レコードの針飛びを聴いているような気分になる事が無きにしもあらずなのですが、グールドの音楽は、木で出来た機械というか、ナチュラルハイの極みのような気分にさせてくれます。
また、音の粒立ちや線の描き方、間、といったものに、とても日本的なものを感じます。
日本刀の美しさや、京都の街並みの美しさにとてもマッチする感じがするのです。
グールドは、夏目漱石を愛読していた、という話も聞くのですが、そういった事も関係がなきにしもあらずかもしれません。
■スヴャトスラフ・リヒテル
ロシアのピアニストですね。僕は「RICHTER THE ENIGMA/リヒテル:<謎(エニグマ)>〜蘇るロシアの巨人」という映画を見てこの人に開眼しました。
独学でピアノを始め、音階練習などはせず、ほぼ全ての曲を1ページ1ページずついきなり両手で正規のテンポでさらっていくそうで、そう書くと超絶技巧という印象ですが、映像を通してみると、楽曲を愛して、ただそれに真摯に向かっていく感じが良く伝わってきます。
映画の中にグールドがリヒテルについてコメントするシーンが出て来て、「ピアニストは2種類に分けられる。一つ目は何でも弾きこなしてやろう、といういわゆるヴィルトゥオーソタイプ、もう一つは、その作曲家、楽曲に、なんらかの運命的な繋がりを感じ、そこから音楽を創り上げていくタイプ。リヒテルは後者である。」というような事を言っています。
両者とも権威に無頓着と言うか、反骨精神が感じられる所が、僕なども共感できるポイントである気がします。
僕はバッハの平均律クラヴィーアが大好きなのですが、グールドとリヒテルの演奏は、同じ楽譜なのにこうも違うか!というぐらい違います。
でも僕はどちらも大好きなので、そういういろんな可能性がある所に、とても自由を感じます。
ちなみに、キース・ジャレットのバージョンも大好きです。
さて、好きなピアニストを挙げると本当にキリがなくなるので、この位にしておきます(ザビヌル、グルダ、アルゲリッチ、エバンス、テイタム、ゴンザレス、上原ひろみ、etc・・・)。
しかし、僕が好きなアーティストを全部挙げたとしても、音楽と言う広大な宇宙から見たら、あまりに狭いものでしょう。
宇宙はあまりに広くて、自分の時間はあまりに限られています。
でも、自分の心の琴線に触れるものを一つ一つ見つけ、線で繋ぐ事によって、少しずつ自分に出来る事、自分が何者なのかが見えてくる気がしています。
「ひつじさんとわたし」は、僕なりに、今自分が言える事を精一杯閉じ込めたつもりです。
僕と言う人間は、ちっとも変わっていない気もするし、やっぱり少しずつ前進している気もします。
今だから出来る事は確実にあるし、若かったから出来た事も、やっぱりあったのかもしれません。
例えば、Song For Loveという曲は、19歳の頃に作ったものですが、やはりその時だからこそ作り得た曲想だという気がします。
全曲自宅録音と言う事で、気楽な反面、肝心な所で物音が入って、しかたなく中断したり、あるいは納得できなかったりして、何百テイクとやったものもあれば、結局最初のテイクになったものもあります。
辛抱強く支えてくれたスタッフの方に感謝!!です。
そして「ひつじさんとわたし」を聴いてくれた方、いつも応援してくださっている方、本当にありがとう!!
超〜〜〜〜〜〜〜〜〜リスペクトっす。これからも素晴らしい先人達のリスナーであり、今という時間を皆さんと共有するパフォーマーでありたいと思います。
それではまた!PEACE !!
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